水戸地方裁判所 平成6年(レ)7号 判決 1995年3月14日
平成六年(レ)第三号事件控訴人、同第七号事件被控訴人(第一審原告)
有限会社A
右代表者代表取締役
甲野一郎
右訴訟代理人弁護士
田中隆
平成六年(レ)第三号事件被控訴人、同第七号事件控訴人(第一審被告)
乙川春男
右訴訟代理人弁護士
葭葉昌司
同
橋本勝
主文
一 第一審被告の控訴を棄却する。
二 原判決を次のとおり変更する。
第一審被告は、第一審原告に対し、金六〇万二五五〇円及びこれに対する平成五年八月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 訴訟費用は第一、二審とも第一審被告の負担とする。
四 この判決は第二項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一 当事者の申立
一 平成六年(レ)第三号事件
(第一審原告)
1 原判決中、第一審原告敗訴の部分を取り消す。
2 第一審被告は、第一審原告に対し、金六〇万二五五〇円及びこれに対する平成五年八月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
(第一審被告)
第一審原告の控訴を棄却する。
二 平成六年(レ)第七号事件
(第一審被告)
1 原判決中、第一審被告敗訴の部分を取り消す。
2 第一審原告の請求を棄却する。
(第一審原告)
第一審被告の控訴を棄却する。
第二 事案の概要
本件は、第一審原告が、同原告の仲介で不動産売買契約を締結した第一審被告に対して、仲介契約に基づき仲介料の支払いを求めた事案である。
一 争いのない事実
1 第一審原告は、宅地建物取引業者であるが、平成四年四月初めころ、第一審被告から<番地略>山林一五六平方メートル及びその地上建物一棟(以下「本件土地建物」という。)の購入の仲介の委託を受け、第一審原告はこれを承諾した。
2 第一審被告は、同月二五日、第一審原告の仲介により、今井愛との間で、本件土地建物を次の(一)ないし(三)の約定で買い受ける旨の売買契約(以下、「本件売買契約」という。)を締結した。
(一) 売買代金一七五〇万円
(二) 第一審被告は、今井愛に対し、右契約締結日に手付金として金五〇万円を支払い、残金一七〇〇万円については金融機関による融資実行が得られたときに支払う。
(三) 右の融資が得られなかったときは、本件売買契約を解除することができ、今井愛は、第一審被告に対し、手付金を返還する。
3 第一審被告は、前同日、第一審原告に対し、次の(一)ないし(四)のとおり仲介料の支払を約した。
(一) 仲介料六〇万二五五〇円
(二) 第一審被告は、第一審原告に対し、右仲介料を本件売買契約代金決済時までに支払う。
(三) 第一審被告は、本件売買契約を中途で解約したときも仲介料の支払い義務を負う。
(四) 本件売買契約が「住宅ローン条項により解約となったとき」は、第一審被告は仲介料の支払い義務を免れる。
二 争点
1 錯誤による無効<省略>
2 詐欺による取消<省略>
3 ローン条項による解除
第一審被告は、第一審原告に対し、平成四年一〇月五日到達の書面により、本件売買契約を解除する旨の意思表示をした。
(第一審被告の主張)
(一) 本件「ローン条項」にいう「ローン」は、借入先を日栄ファイナンス株式会社とし、担保物件は本件土地建物のみとする内容のものであったが、第一審被告は、本件土地建物だけでは担保として不十分であるとの理由で同会社から融資を受けることができなかった。第一審被告は、その後、「ローン」の内容を、借入先を足利銀行古河東支店とし、本件土地建物の他に自宅をも追加担保に入れるというように変更することについては同意していないから、結局、日栄ファイナンス株式会社から融資を断られた時点で「ローン条項」の適用があり、仲介料の支払義務を負わない。
(二) 仮に、「ローン」の内容が、借入先を足利銀行古河東支店とし、本件土地建物の他に自宅をも追加担保に入れるというように合意の上変更されたとしても、第一審被告は、娘の刑事事件に関して示談金の金五〇〇万円を含め多額の支出を余儀なくされたため、金一七〇〇万円の融資を受けても、当初考えていたように退職金によって一括返済することが不可能になったうえ、右資金を捻出するために自宅の土地建物を担保に提供した結果、本件融資の担保に供することができなくなったことを説明したところ、右銀行から融資を拒否されたものであるから、やむを得ない事情により融資が成立しなかったのであり、「ローン条項」の適用がある。
(第一審原告の主張)
本件「ローン条項」にいう「ローン」は、元々特定の金融機関との提携を前提としたり、担保物件の範囲を本件土地建物のみと限定するものではなかったが、その後、第一審被告の合意のもとに足利銀行古河東支店を借入先とするローンに特定したものである。
そして、同銀行の融資が実行されなかったのは、専ら第一審被告側の主観的事情によるものであって、ローン契約の締結を不可能にするような客観的な事情は存在しなかったのであるから、本件「ローン条項」の適用される余地はない。
4 信義則違反による本件仲介料支払義務の不存在若しくは仲介料の減額<省略>
第三 当裁判所の判断
一 争点1及び2について
1 甲第八号証、原審及び当審における第一審原告代表者及び同被告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、遅くとも本件土地建物の売買契約が締結された平成四年四月二五日までには、第一審被告が、第一審原告代表者及び本件土地建物の売主側の仲介者である千代田不動産株式会社の社員で宅地建物取引主任者の資格を有する阿部勉から、本件土地建物が市街化調整区域に存する物件であり、都市計画法三四条九号及び同法四三条一項により、今井愛名義で開発が許可されたものであって、本件建物を再建築しようとする場合には今井愛名義で行わなければならないとの制限が付着するとの説明を受けたこと、本件建物を退職後の住居とするつもりでいた第一審被告は、右説明に対し、建て替えをするつもりがない旨応え、本件土地建物の右のような性状につき納得したうえで本件売買契約を締結したことが認められる。
2 3 <省略>
二 争点3について
1 甲第一号証、第二号証、第八号証、第一二号証の一ないし七、第一九号証、乙第一号証、第二号証、第九号証、原審及び当審における第一審原告代表者及び同被告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、第一審被告は、本件土地建物の売買代金の残金一七〇〇万円を金融機関から融資を受けて支払ったうえで、当該融資の返済は翌平成五年三月の退職に伴い支給される予定の約二六〇〇万円の退職金で一括して行うつもりでいたこと、売買契約締結当時、第一審被告には融資を受ける金融機関について特に当てがなかったため、阿部勉が融資を受けられる金融機関の紹介・斡旋を引き受け、第一審被告は日栄ファイナンス株式会社の信用保証付の借入申込書(乙第九号証)に署名押印して右阿部に交付したこと、本件売買契約書には、第一審被告の希望で、特約事項として、「この契約はローン条項をつけるものとする(融資不成立の場合、手付金を返還し、契約の白紙還元)」とのいわゆるローン条項が付され、また、仲介料の支払い約定書にも、「但し、住宅ローン条項により解約となったときは、仲介業者も報酬を返還するものとする。」との記載がなされたこと、右阿部は第一審被告に対して、平成四年七月上旬ころまでに借入先として足利銀行古河東支店を紹介・斡旋し、第一審原告代表者を介して融資に必要な書類として第一審被告の現在居住する土地建物の評価証明書等を含む必要書類を用意するよう連絡し、第一審被告は第一審原告代表者から右連絡を受けたうえで、同月二〇日ころ右阿部とともに右支店を訪れていること、同月二三日ころ第一審被告から右阿部に対して融資の実行をしばらく待ってほしい旨の連絡があり、さらに、翌八月二〇日ころになって第一審被告から第一審原告代表者に対して、「融資の返済条件を平成五年四月に一五〇〇万円を返済し、残金は一月二五万円ずつ、一年間で三〇〇万円を返済するというように変更できないか。」との連絡があったこと、第一審原告代表者は右支店から右返済条件の変更が認められたとの連絡を右阿部から受けこれを第一審被告に伝えたこと、平成四年九月一五日ころ第一審原告は第一審被告から、電話で「息子が嫁の実家に入ってしまうことになり、今住んでいるところのローンを払わないというので、本件売買契約をキャンセルしたい。」との連絡を受け、同年一〇月五日には、同被告の代理人から「足利銀行古河支店に銀行ローンの申込みをしていたところ、事故のため退職金による一括返済が不可能となったことを平成四年一〇月一日に説明した結果、借入を拒否された。」旨の内容証明郵便を受け取るに至り、さらに、同月八日ころ前記古河東支店において、同被告から、「事故に遭い自宅の土地建物を担保に入れたので、借入ができなくなった。」との説明を受けたが、同時に同支店の融資担当者から、「(融資の)内部稟議は通っている。乙川さんの融資の条件としては、今住んでいる所を担保として貸すことになっていたが、それが担保にできないということなので、融資条件を満たさない。」旨の説明を受けたこと、平成五年六月二〇日ころ、第一審被告と今井愛との間で、第一審被告が右今井に対して迷惑料として金二五万円を支払うとの約定の下に本件売買契約が解除されたことの各事実を認めることができる。
2 以上のとおり認定した事実をもとに判断すれば、先ず、本件におけるいわゆる「ローン条項」にいう「ローン」は、本件売買契約締結当時は、特定の金融機関からの融資を前提にしたものではなく、また、担保とする物件の範囲についても、本件土地建物のみを担保するというような限定は付されていなかったのであるから第一審被告の主張(一)は失当である。そして、このような場合には「ローン」の借入先、返済期間及び担保物件等の具体的内容は、売買契約締結後相当な期間内に、契約当事者の交渉を通じて特定すると解すべきところ、第一審被告、同原告代表者及び阿部勉との間の前記のとおり認定した交渉の経過からみて、遅くとも平成四年七月二〇日ころまでには、本件における「ローン」の内容は、足利銀行古河東支店を借入先とし、かつ、本件土地建物以外に第一審被告の現在居住する土地建物をも担保として融資を受けるという内容のものに確定したことが認められる。
3 次に、本件「ローン条項」発動の要件である「融資不成立の場合」とはどの様な場合を指すかについて検討するに、本件売買契約に付された前記「ローン条項」に文言上は特段の限定がないけれども、一般に、売買契約において、代金に充てるべき金員を金融機関等からの融資金によって賄うことが当事者間において予定され、当該融資を受けられなかったときには買主に契約解除権を与える旨のいわゆるローン条項が契約に付随する約定として合意された場合、当該条項によって買主がどのような要件のもとに解除権を行使しうるかは、当事者間の当該合意の内容によって定まるというべきであり、右合意内容が文言上明白でないときは、契約に際し当事者間で前提としていた諸事情に照らして、契約当事者間の通常の合理的意思を考究することにより解釈するのが相当である。この見地から考えると、融資を受けるについて客観的障害がないのに買主の随意の判断で融資を受けなかった場合でも、買主が一方的、かつ無条件に契約を解除しうることを売主が了承しているということは、通常想定しにくいことであるから、客観的障害がなくても買主に一方的な契約解除権を付与することを売主において容認していたと認めるに足りる特段の事情のない限り、当該ローン条項は、予定された金融機関等からの融資が実行されないことが買主にとって客観的な障害によるものであったといえる場合に買主に契約解除権を与える趣旨であると解釈するのが相当である。
これを本件についてみると、本件売買契約においては、前記のように、第一審被告の要望により「ローン条項」が付され、これを受けて仲介料の支払い約定書にも、「住宅ローン条項により解約となったときは、仲介業者も報酬を返還するものとする。」旨の記載がなされたことは認められるものの、その際、契約当事者間において、買主である第一審被告の側で契約をやめようとさえ思えばいつでもやめられるというような、同被告に一方的に有利な合意を結ばなければならなかった特段の事情の存在は認められない。
4 そこで、第一審被告に対する前記銀行からの融資不成立が第一審被告にとって客観的障害を生じた結果であったといえるかどうかを検討するに、甲第一〇号証、第一一号証、原審及び当審における第一審被告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる。
すなわち、第一審被告は、平成四年七月一四日ころ娘が刑事事件を起こしたことを知り、同年八月六日ころ右事件の被害者に対し示談金として金五〇〇万円を支払ったが、右金員は義弟からの借金でまかなったものの、右義弟に対する借金の返済のため、警視庁職員信用組合から退職金を前借りする必要が生じたこと、右退職金の前借りを受けるために現に居住する自宅の土地建物の権利証を右組合に預けたが、実際に担保権の設定を行ったわけではないこと、右土地建物には昭和五九年五月九日付で住宅金融公庫に対し金七一〇万円の金銭消費貸借を原因とする抵当権が設定されていたが、第一審被告は当該住宅ローンの残額を平成五年五月二一日ころになって一括して返済していること、同被告は、同年三月に警視庁を退職し、退職金二六〇〇万円を支給され、さらに、退職後受け取っている年金は月額約二五万円であり、妻はパート勤めをしており、子は皆成人していることの各事実が認められる。
以上の事実に、前記第三の二の1で認定した事実を併せ考慮すると、第一審被告が娘の刑事事件のために示談金のほか弁護士費用等の支払いをしたとしても、そのために要した金額は金一〇〇〇万円をこえることはなかったことが窺われ、直ちに退職金でローンを一括返済することが不可能になったかどうかは疑問であるのみならず、仮に一括返済することが無理であったとしても、第一審被告に退職後支給される予定の年金の額や当時の家族状況からすれば、ローンの返済条件を変更するなりして、なおローンを返済していくことは十分可能であったと考えられ、現に、前記銀行においては、第一審被告からの返済条件変更の申し入れに対しこれを了承する旨を伝えていたこと及び同被告は警視庁職員信用組合から借入をするにあたり、同組合に対し同被告が居住する土地建物の権利証を預けたにすぎず、担保権の設定をしたわけではなかったのであるから、同被告の右銀行に対する説明にもかかわらず、右土地建物を本件ローン契約の担保に供することは可能であったことを認めることができる。
そうすると、第一審被告が本件融資を受けるについては客観的障害があったとは認めがたく、本件融資が不成立に終わった原因は、結局、第一審被告が本件土地建物を購入する意思を喪失したことに起因するものといわざるを得ないのであって、客観的障害のゆえに融資が不成立になったとはいえないから、本件「ローン条項」にいう「融資不成立の場合」には当たらないというべきである。
三 争点4について<省略>
四 結論
よって、第一審原告の本訴請求は、すべて正当としてこれを認容すべきものであり、第一審被告の控訴は理由がなく、第一審原告の控訴は理由があるから、第一審被告の控訴を棄却し、第一審原告の控訴に基づき原判決を主文のとおり変更する。
(裁判長裁判官來本笑子 裁判官松本光一郎 裁判官福井健太)